嫌いと苦手を混同しない思考法

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こんにちわ。
 

下駄です。
 

「好き嫌い」とかけまして、
 

「泣いたら勝ち」と、ときます。
 

そのココロは・・・
 

「子供の特権」です。

本当に嫌いなことは苦手なのか?

「好き」なことが「得意」ではないように、「嫌い」な事は「苦手」であるとは限りません。
 

学生時代に、「好きな教科」と「嫌いな教科」を自分で判別していたと思いますが、
 

嫌いな教科は、勉強をしていてもあまりテンションが上がらずに、時間をかけても学習に身が入らない経験をしたことがある人が多いと思います。
 

逆に勉強が得意な人は、こうした好き嫌いを作らずに、淡々とその教科に適した勉強方法を熟していくので、得意苦手を聞くと、教科ではなく、勉強法を答えるという傾向があります。
 

人はだれでも、「好き嫌い」を感じてしまうことはありますが、「得意」と「苦手」が連動しないという事を意識していないと、同じに考えてしまいがちです。
 

嫌いな事でも、得意な事はあり、好きなものでも苦手な事は、世の中にはたくさんあるんですね。
 

これを仕事や作業に置き換えて、効率を考えてみるといいでしょう。
 

「好き」と「嫌い」の境界線

「心理的な好き嫌い」と、「苦痛を伴う好き嫌い」は、全く違う間隔です。
 

確かに、好きな作業をする時と、嫌いな作業をする時の効率は明らかに違います。
 

好きな作業をしている時は、時間を忘れる感覚がある一方、嫌いな作業をしている時は、実際の時間よりも長く感じてしまう感覚があります。
 

あれ?
 

これって、好き嫌いによって時間軸をコントロールできているのではないか?ということに気が付きます。
 

好きなことは時間が短く感じて、嫌いなことは時間が長く感じるということは、嫌いな作業をする時の方が、よりたくさんの工程を熟すことができるのではないのか?
 

実際はそうではないかもしれませんが、嫌いだから作業効率が上がらないという風に考えずに、
 

思考の方法しだいで、得意、苦手も変わってくる事も有りえるということですね。

気分のノリに得意と苦手は関係ない

プログラムを仕事にしている僕は、気分が乗っている時と乗っていない時とで、作業効率が圧倒的に変わることを知っています。
 

気分がノッている時は、苦手な作業もスイスイ進むし、得意な作業は楽しくて仕方がない状態になります。
 

一方、気分がノッていない時は、どんなに得意な作業でも、何かしらのミスが発生したり、苦手な作業は心底やりたくなくなります。
 

これを深く考えてみると、「好き嫌い」や、「得意不得意」ではなく、「ノッてる」「ノッてない」という視点の方が重要な気がしてきました。
 

このノリというのは、どうやってコントロールすればいいのでしょうか?
 

それはひとによって違っているのですが、スポーツ選手は「ルーティン」でノリを作っている事はテレビなどでよく紹介されていますが、
 

僕も、軽くウォーキングしたり、毎日こなしている英語アプリの問題を1つ説いたりして、気分をあげる仕組みを作ってます。
 

これで今日も、仕事のスピードアップできますね。

好きなことが「苦手」で嫌いなことが「得意」なモノ

そういや、好きだけど苦手なものって、どんなのがあるんだろう?
 

これは、「好きだけど、得意ではない」ものと考えるのがいいのだろうけど、
 

僕の場合は、IoT開発などの、電子工学系がそれかもしれない。
 

好きなんだけど、確かにそんなに得意ではない。
 

でも、やりたくないわけではないし、むしろやりたい。
 

やっているうちに必ず、得意になっていくに違いない。
 

そう考えると、苦手なものは、好き嫌い関係なく、回数を熟すうちに、得意になっていくのかもしれない。
 

もしかすると、嫌いなものも、そのうち好きになっていく可能性もあるかもね。

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