がんばらない方がお金が稼げる?魔法の「存在給」という考え方

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こんにちわ。
 

頑張るという言葉を響きがいい言葉と考えていたけど、どうやらこの世の中、何でもあまり一生懸命頑張らない方がいいという話を聞いて、妙に納得してきた下駄です。
 

「お金」を欲しくないという人は、少ないと思いますが、面白い事に、どんなに稼いでいる人でも、「もっとお金を稼ぎたい」と考える傾向があるようです。
 

そらそうですよね。たくさんありすぎて困るモノではないですからね。
 

そして普通の人であれば、会社で働いて給料としてお金を得ていると思いますが、最近流行りの「働き方改革」により、副業OKになった企業も増えてきています。
 

普通に考えて、たくさんの時間を働けば、残業代なども含めてその分手取りの給料は増えていきますが、そうした「基本給」とは別に「存在給(そんざいきゅう)」という言葉を、心屋仁之助さんのやっているPODCASTで知りました。
 

心屋仁之助の「ホントの自分を見つけるラジオ」
 

結構目からウロコの内容だったので、自分の思考としてブログにまとめておくことにしました。

基本給と存在給

基本給というのは、会社の明細書に書かれている基本給ではなく、毎月働いて得られる給料の事で、
 

存在給というのは、あなたの存在自体に支払われるお金の事です。
 

芸能人や著名人でない限り、存在給なんて存在しないし、それって「パトロン」って事?と思いましたが、実はそうではないようです。
 

人が病気などにかかって、働くことができなくなった時に、得られるお金と考えると、定年退職後に働かなくても年金以外にお金を得られている人もいるし、人から応援されて支援されている事を考えると、そうした人とのつながりがあるのと無いのとでは、人生そのものが変わってくるというのがなんとなく想像できますね。
 

基本給は、頑張れば頑張るほど得られるお金が多くなるのに対して、存在給は、頑張らないほど得られるお金なのだそうです。

存在給の本質

なんだか聞けば聞くほど胡散臭い「存在給」ですが、人からお金をもらうだけで、何のひねりも無いように聞こえてきますが、確かに存在だけでお金をもらえるのであれば、働かなくていいようにも考えられますね。
 

この存在給というのは、働かなくてもいい給料というのではなく、頑張って働く「労働集約型」と言われる、労働の対価に対して支払われる給料とは真逆で、
 

効率よく楽に仕事をして得られる対価と考えても良さそうです。
 

同じ仕事を寝る間も惜しんで一生懸命頑張るのに対して、半分はサボっているようにも見える効率よく仕事を熟す人って、周囲にいませんか?
 

サボっているようにも見えるのに、周囲から避難されずにむしろ人気者である人もいます。
 

日本の企業は、残業をすればする人ほど好感が持たれる傾向があるようですが、同じ作業をするのであれば、少しでも楽になるように創意工夫できる人の方が、生産性も高く、存在給の高い従業員と考えられます。
 

ウサギとカメの昔話で、ウサギは悪者扱いされてしまいがちですが、実際にどちらの従業員を採用しますかという2択があったとしたら、カメよりもウサギを採用したいと考える人事担当者の方が多いと思います。
 

ただ、最後に失敗したウサギが失敗しなくて、亀に対する思いやりの心を持っているマインドセットがあれば、ウサギ最強じゃありませんか?
 

アリとキリギリスもそうですし、赤ずきんに毒りんごを食べさせる魔女も、人に対する思いやりさえ持っていれば、効率の良いその体質に加えて存在給がより高くなっていくと考えられるようです。

効率は最大の防御

心屋仁之助さんが言われていたのは「存在給」の存在を普通の人は信じられずに、「そんな事あるわけがない」という人が多いのですが、
 

実際にこれまで頑張っていた人が、頑張らなくなって存在給に気がつくというケースもあるらしいのです。
 

これは、単純に仕事をサボり始めるというのではなく、仕事を仕事と感じなくなる感覚に近いみたいですね。
 

多くの人が、仕事とプライベートを使い分けていると思います。
 

「仕事に行くのは憂鬱だけど、遊びの前の日は寝られないほどワクワクする」
 

そんなサラリーマンの人が、仕事が趣味だとすると、仕事に行くのがワクワクして毎日が楽しいという気分になった時に、仕事が仕事ではなくなり、自分が遊びでやっている事に対して、会社から給料がもらえる状態になるんですね。
 

この話をすると、「誰もが好きな仕事に就けるわけではない」と思う人がほとんどですが、人が見てつまらないと思われる仕事を、ものすごく楽しんでやっている人も世の中には少なからず存在します。
 

そうした人が「存在給の高い人」と考えて良いかもしれません。
 

やりたいことの有る無しではなく、自分のやることをどれだけ楽しめるかという、学校では教わらない感覚を身につけられた人のみが、得られるのが存在給なのではないかと、僕自身が理解しました。
 

この点に気がつけるかどうかで、人生そのものが大きく変わってくるという話が聞けて、非常に未来が明るく感じられるようになりました。
 

さあ、今日はどんな仕事をして(プログラムを組み上げたて)遊ぼうか?

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